筑波技術大学平成26年度公開講座「ろう者学セミナー」

2014/07/15掲載

 7月5日(土)~6日(日)の2日間、本学天久保キャンパスにて、筑波技術大学平成26年度公開講座「ろう者学セミナー ~映画「名もなく貧しく美しく」と「ゆずり葉」を比較分析する~」を開講しました。

 おかげさまで全国から14名の受講生が集まりました。セミナーでは両日ともに大杉が講師を務め、プログラムの各テーマにそって講義を行うとともに、「名もなく貧しく美しく」「ゆずり葉」の内容をもとに参加者同士で意見交換やディスカッションを行いました。各プログラムの概要についてご報告いたします。

7月5日(土)14:00~15:30 「ろう者コミュニティと生活文化」

 まず、『コミュニティ』の定義について講義を行いました。コミュニティとは「ムラ」=「人が群がる共同体」を指し、村の集落や選手村のように共通のルールや目的を持って集まった集団といえます。ろう者コミュニティについては「同じ文化、同じ言語(=手話言語)を持つ共通の人々が集まる集団」であると解説しました。また、ろう者コミュニティの古典的なモデル(Baker & Cokely,1980))を用いてきこえなくなった時期、手話と出会った時期や自分以外のろう者と出会った時期などにより、ろう者コミュニティへに入る経路が人によって異なることを示しました。昔はろう・難聴者は聾学校に通うのが一般的でしたが、現在はインテグレーションで学ぶろう・難聴者が増えたため、ろう者コミュニティも複雑になっているということです。また、過去に存在した奄美大島のろう者コミュニティや栃木県の不就学ろう者コミュニティの解説映像を視聴し、様々なろう者コミュニティの形があることを説明しました。

7月5日(土)16:00~17:30 「2作品の製作におけるろう者コミュニティの関わり」

 映画とろう者コミュニティの関わりについて講義を行いました。映画は当初、無声映画だったため、きこえない人もきこえる人も同様に楽しむことができましたが、1930年にトーキー(発声)映画が登場したことでろう者が映画を楽しむことができなくなり、ろう者コミュニティに大きな影響を与えました。この状況は聴覚障害者用字幕が登場するまで50年以上もの間、続きました。また、かつてチャップリンの映画にろう者であるグランヴィル・レドモンド氏が出演しており、チャップリンと交友があったことや、それよりも前にコーダの俳優が活躍していたことなど、映画とろう者コミュニティとの関わりについていくつかの例を紹介しました。

 1948年には、アメリカでろうの女性を主人公とした映画「ジョニー・ベリンダ」が製作され、これが初めてアメリカ手話を扱った商業映画とされています。その影響を受け、日本でもろう夫婦を主人公とした映画「名もなく貧しく美しく」の製作について構想が進みましたが、製作側と監督の意見の相違から一旦中止になってしまいました。しかし、全日本ろうあ連盟が「ぜひろう者を題材とした映画を世間に出してほしい」と要望を出したこともあり、別の会社で製作され。公開に至りました。この製作背景を概観したうえで、当時のろう者コミュニティの関心や反応について、グループにわかれて当時の日本聴力障害新聞の記事を調べ、ディスカッションを行いました。あわせて、ろう者の役はろう者が演じるべきかどうかについても議論しました。参加者からは、「当時の新聞記事を見ると、手話やろう者に対する理解が全くなかった時代ということもあり、『映画の内容にやや不満はあるが少しでもろう者や手話のことを多くの人々に知ってほしい』という当時のろう者の切実な思いがうかがえる」「ろう者の役はろう者が演じるのが一番だが、宣伝のことを考えると有名な役者が演じるほうが注目度もあがるのではないか」という発表がなされました。

 最後に米国においては、黒人も映画への出演が認めない時代があり、白人が黒人の役を演じた例を挙げて、ろう者も同じ状況に置かれていたことを解説し、現在は映画を作る若いろう者も増え、ろう者がろう者役を演じることも珍しくなくなっており、ろう者を取り巻く環境が良い方向に変わってきていると、まとめました。

7月6日(日)9:00~10:30 「2作品に描かれるろう者の生活文化」

 映画に描かれたろう者の生活文化について講義を行いました。「文化」とは「先天的に身につけているものではなく、生まれた後に育つ環境の中で習得され、伝達、共有される行動様式ないし生活様式」であることを解説しました。続いて、生活文化を分析する際の重要な要素として、①言語とコミュニケーション、②生活様式(衣食住)、③時間意識、④信条・価値観と行動規範、⑤伝統の5点をあげ、それらを参考に「ゆずり葉」の中でろう者の文化が描写されているかどうかについてディスカッションを行いました。その結果、参加者からは「ろう者を呼ぶ時に肩を叩く」「自転車を押しながら手話で会話する時に互いの距離をあける」「遠く離れたところから手話で話す」「食べながら手話で話す」などのろう者特有の行動・習慣が描かれていたと、発表がなされました。

7月6日(日)10:45~12:15 「2作品に見られる各時代のろう者観」

 戦後から今までの社会の移り変わりを振り返って、ろう者に対する社会の見方、つまりろう者観がどのように変化していったのか様々な視点から解説しました。2作品の比較を通して、ろう者観がどのように変化していったのか分析ができます。例えば「名もなく貧しく美しく」の中の「耳の聞こえない子どもが生まれたらどうするのか」という夫婦の会話から、当時(1950年代)はろう者にとってとても生きにくい時代であり、障害を持つ子を産んではならないという社会的な決めつけがあったことがうがかえると、解説しました。

 このように社会的背景を分析した上で、「名もなく貧しく美しく」の秋子(聞こえない母)と一郎(聴こえる息子)がそれぞれの立場でどのように苦しんでいたのかについて、ディスカッションを行いました。発表者からは「秋子は息子が自分を避けるため、ろう者である自分を恥じている」「一郎は、両親がろう者であることを理由にいじめられていることを両親に言えなくて悩んでいる」などの意見が挙がり、講師からも「それぞれの立場で『障害者は子育てができない』という世間の偏見に苦しんでおり、一郎は両親を周りに紹介しないことで逆に両親を世間から守ろうとしていたのはないか」という見方も出来るとしました。

 以上のように、映画の鑑賞と分析を通して、ろう者コミュニティやろう文化、また映画が投げかけているメッセージについて知ることができ、製作された時代にろう者がどのような状況におかれていたのか、当時のろう者観や社会的背景等を学ぶことができたのではないかと思います。

 最後に、講師から「この2日間で得たものを持ち帰り、地域や所属する団体などで勉強会を開いて、さらに考えを深める機会を作って頂きたい」とまとめてセミナーを終了しました。今回のろう者学セミナーで得られたことを、それぞれ活かして頂けると幸いです。

 2日間参加してくださった皆さま、ありがとうございました!!


 

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