聴覚障害学生を対象とした「ろう者学講座」開催

2017/03/02掲載

 2月14日(火)に明治学院大学との共催で、明治学院大学白金キャンパスにて、関東圏の一般大学に在籍する聴覚障害学生を対象とした「ろう者学講座」を開催しました。

 おかげさまで、合計17名(教員1名を含む)にご参加頂きました。

 午前の入門講座「デフコミュニティ入門」では大杉が講師を務め、まず肥田弘二氏の「自分史」の映像を視聴し、ワークシートを記入して同じグループのメンバーと見せ合い意見交換を行いました。ワークシートでは、肥田氏が生きた当時の社会的状況に照らし合わせて、自分のこれまで生きてきた過程を振り返りました。肥田氏は映像の中で1960年代における自分の経験を語っており、50年前当時、大学に入るのも仕事を得るのも一苦労であった状況がうかがえます。1960年代当時の障害者観と社会的背景について考えるとともに、自分の置かれている現状も含め、これまでの社会的背景の変化を改めて振り返る良い機会だったのではないでしょうか。その後、デフコミュニティの定義について講義を行いました。ろう者コミュニティの古典的なモデル(Baker & Cokely,1980)を用いて聞こえなくなった時期、手話と出会った時期や自分以外のろう者と出会った時期などにより、ろう者コミュニティに入る経路が人によって異なることを解説しました。自分がろうであることは認識していたが、デフコミュニティについて学問的に学んだのは初めてという感想も寄せられました。

 後半は小林が講師を務め、「ろう者と優生学」というテーマで、デフコミュニティが優生学の影響を受けてきた歴史についての講義を行いました。「優生学」という理念が生まれ、やがてナチスによるユダヤ人虐殺、ハンセン患者の結婚禁止や隔離にもつながっていき、その中で障害者を排除する動きも起きました。アレクサンダー・グラハム・ベルが聴覚障害者同士、結婚すると遺伝として耳の聞こえない子どもが生まれやすいのではないかという仮説を立てたのをきっかけに、米国や世界各地で優生法が制定されました。日本においても1948年、優生保護法という法律が制定され、特に遺伝性疾患や遺伝を原因とした先天性障害者は子どもを作ってはいけないという考え方に基づいて、本人の同意がなくても断種手術をして良いと規定されました。聴覚障害者の夫婦が子どもを望んだがやむを得ず不妊手術を受けた事例や、聴覚障害のある女性が知らないうちに盲腸と偽って不妊手術を受けさせられた事例の映像を視聴し、グループディスカッションを行いました。このように午前の講座を通して、デフコミュニティの歴史が現在の自分たちにどのような影響を与えているのか、歴史を遡ると様々なことが見られたと思います。

 午後はろうの弁護士の若林亮先生を招聘し、「ろう者の人権」についての講座を行いました。まず、田門浩先生による解説映像を視聴し、①「社会モデルを使って聴覚障害とは何なのかを簡単に説明して下さい」、②「聞こえないことで社会でどんな不便を感じたことがあるか」、③「聴覚障害を理由とする差別にはどんな物があるのか」の3つのテーマが出され、グループディスカッションが行われました。学生からの発表では、「電車の中で事故が起きた時、放送がわからないのが不便」「アルバイトを申し込んだ時、履歴書に聴覚障害があること正直に書いて出したが、2つは面接すら受け付けてもらえず、断られてしまった。でも3つ目出したところには合格してバイトをすることができた」などの経験や事例が出されました。

 次に、3つの事例についてグループディスカッションを行い、発表後、若林先生による解説がありました。まず1つ目は、聴覚障害者が居酒屋に行ったときに手話対応していないからと入店を拒否された事例でした。不当な差別的取扱いにあたるかもしれないが、法律上、裁判で闘うことは難しいといいます。差別をしようとする意図があったという証拠を裁判に提出しなければならず、店側は「差別するつもりはなかった、どう対応すればいいのかわからなかった」と反論する可能性もあります。次に合理的配慮の提供が可能だったのかが焦点になります。「合理的配慮」とは配慮する際に相手方にとって負担が重すぎない範囲と定められており、従業員の中に筆談で対応できる人が何人いるのか、店の規模、経営状況、従業員の数によって提供できる配慮内容も変わってきます。

 ただ、差別解消法が施行されたばかりで、聞こえる人たちも戸惑いながら、差別を無くすためにどうすればいいのか動き始めている段階です。このような状況の中で、「権利がある」「これは差別だ」と主張するだけでいいのか、相手の立場も理解する必要があるのではないかと問いかけます。

 差別についてこれまで曖昧な部分もありましたが、差別解消法によって、差別や合理的配慮の内容を定義化することにより、話し合う場を作ることが可能になりました。ある弁護士は「差別解消法の目的は、話し合いの土台、これを提供することにある」と言ったそうです。

 2つ目は「手話通訳やノートテイクがまだ整備されていない大学に合格した場合はどうするのか」という事例でした。その場合は他大学の情報保障の事例を集めて提案していきます。そうすると提案された側も、他大学での取組みを知ることで何をすべきか見えますし、動きやすくなります。その際、自分の障害や必要な配慮についてもはっきりと説明をすることが大切だと強調されていました。

 3つ目は「会社に入ったけれど、筆談等の対応もしてくれない。どうしたらいいのだろうか」という事例でした。去年施行された改正障害者雇用促進法において、民間企業も合理的配慮の提供が義務づけられるようになりました。筆談は負担が重いとは言えませんし、メールやパソコンを使って打ち込む方法など様々な方法があり、合理的配慮にあたると思われます。それでも現場で解決できない場合、話し合いの場を要求することもできます。例えば、ハローワークに相談にいってハローワーク担当者から会社に対して勧告・指導することもできます。または、調停してもらうこともできます。調停は労働問題に詳しい弁護士が選ばれ、会社の担当者を呼び、話し合いをして、様々な提案をしていくことも可能です。相互理解の中でお互い気持ち良く働いていける環境を目指していくことが大切です。

 「学校、会社などの様々な場所や場面でまだまだコミュニケーションの壁が残っているが、1人で悩まずに身近な人に相談したり、様々な分野の人たちと共に活動したり、一緒に考えていってほしい。そして力を合わせ、良い社会をともにつくっていくことが、少しずつろう者の権利の実現につながってくのではないか」と最後にメッセージをくださいました。

 このように身近な例をもとに、どう判断して動いていけば良いのか、わかりやすい解説を頂きました。特に職場の事例は、これから社会に出る学生の皆さんにとっては非常に参考になる話だったのはないかと思います。特に「差別だ」「不公平だ」と主張するだけではなく、自分の障害をきちんと説明した上で、様々な事例を出し、理解を求めること、そして具体的な解決方法を共に探っていく姿勢が大切であるということを学びました。

 若林先生、お忙しいところお越し頂きありがとうございました。

 そして明治学院大学の皆さまにも会場提供から宣伝、会場設営までご協力頂き、重ねてお礼を申し上げます。

 最後に参加してくださった皆さま、ありがとうございました!!


ろう者学入門講座①「デフコミュニティ入門」の講座風景


ろう者学入門講座②「ろう者と優生学」の講座風景


ろう者学基礎講座「ろう者と人権」の講座風景


ろう者学基礎講座「ろう者と人権」講師・若林亮先生

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