―近年、「女性活躍」が注目されていますが、ろう女性の職業キャリア形成にはろう男性以上に課題があるのではないかと思います。専門的なスキルを要求される専門職や管理職の立場に就くろう女性が抱える悩みや課題をお話しください。
中野:私は、ろう教育に関する研究をしています。従来のろう教育の中では(教員が)手話で教えることには否定的な傾向がありました。大学の学部生だった時に専門的な内容を手話で学び、授業の内容をより理解することができました。その時に、難しい内容だからこそ手話が必要なのだと思っていたのですが、教員の中には簡単な内容なら手話でも構わないが、言葉を教え、身につけるためには手話はよくないと言う人もいました。それを聞いた時に、おかしいなと疑問に思っていました。それならば、手話がいかに大切かということを研究で実証しようと思い、大学院に進学しました。研究テーマは、手話獲得の発達状況や子どもの手話の読み取りを分析する研究です。ろう者の視点も大切ですし、ろう者の見方から研究したいという思いから、今もずっと研究を続けていますが、「ろう」と「女性」ということで二重の壁があるのを感じています。自分の同期を見ますと、現在、教授、准教授として教えて、大学内でも講座をマネジメントする等の役職を担っていますが、自分の立場はまだ大学院ドクター卒業と同じ立場のままなので、すごく壁を感じることがあります。
榧 :教育現場は女性の割合が高いので、女性として悩みや葛藤を感じたことは特にありませんが、敢えて言うならば、上司の立場になってから決断しなければならないことが増えたことです。何か問題が起きたときの解決方法で男女差があるのかなと思うことがあります。女性はどちらかというと周囲の人と相談しながら決めていくことが多いけれど、男性は女性よりも上下関係を重視して上が決めたことに従うという傾向が多いように思います。もちろん一概には言えないですし、1人1人違いますので、それぞれ柔軟に対応することが基本ですが、もしそのような男女の意識の違いがあるのなら、お互いに知っていればもっと働きやすくなるかもしれません。ろう者でろう重複施設等の施設長を務めている方も多くおられますよね。
岩田:私もろう老人ホームの施設で2年間施設長として、初めて聴者を使う立場に立ち、大変な経験をしました。施設長の場合、聴者とろう者とでは違います。ろう者の場合はストレートに言いますが、聴者の場合は遠まわしな言い方をします。ストレートに言うと、相手の気に障るからと気遣います。そういう意味で違いはありますね。
小林:管理する立場として自分の部下に対して指導するスキルをどうやって身につけておられるのでしょうか。自分で考えて工夫してこられているのでしょうか。それとも関連する本を読んで参考にしたりしているのでしょうか。
榧 :前の校長に相談したり、リーダーに関する本を読んだりして参考にしたりしています。やはり校長の仕事は大変なので、一般の女性と同じように、経営や人の使い方など学びたいと思っています。今のところ、ろうの女性で経営者、管理する立場にある人、もしくはろう連盟女性部長などリーダー職の女性が集まって、情報交換する場がないように思います。または、男女関係なく、そういう立場同士で集まって話し合う場もなかなかないのが悩みです。
長野:仕事のスキルアップのための研修やセミナーを受けたい時、情報保障や予算はどうしていますか?
榧 :明晴学園の場合は、自主的な研修を推進していて、そのための手話通訳の予算も確保してあります。まず相手方に通訳者の用意を依頼し、どうしても難しい場合はこちらで通訳者を確保して連れていく方法を取っています。
那須:校長会というのがありますよね。その時の通訳はどうされていますか。
榧 :私の場合は、私立の特別支援学校の校長会というのがあって、そこに出席しています。学校で確保した予算から手話通訳者を同行しています。私たちは「手話は言語である」と表明しているので、プロの手話通訳者を連れていくようにしています。様々な場面に応じることができ、いろんなろう者の手話を読み取れる通訳者を育てないといけないと思っています。
小林:様々な分野で活躍するろう者のリーダー同士が集まって刺激を受け合い高め合っていけるような場があるといいですよね。
岩田:昔から、例えば聞こえない身で理容店を経営するなど、ろう者のリーダーはたくさんいらっしゃいました。ろう者の理容クラブというのがあって、休店日に集まって、理容に関する悩みなどを共有・相談していると聞いたことがあります。また、地方から都会に上京した人たちは心細かったでしょうから、聞こえる人の県人会と同じようにろう者の県人会を作り、交流したという話もよく聞きます。各地にはそういう集まりがあって、皆で悩みを出し合う、そういう場はあったと思います。現在ならば、情報提供施設協議会、高齢聴覚障害者福祉施設協議会やろう重複障害者施設協議会のようなものですね。
―「少子高齢化」が社会的課題となる中、子育てや介護といったケア的役割は、女性の負担が大きいところがあります。また、子育てや介護は、仕事やキャリアと比べて外部からの評価がされにくく、自己達成感が得られにくいという声もよく聞かれます。
小林:(榧さんは)育児・家事と仕事はどのように両立されていますか?
榧 :仕事面では男女関係ないと思っていますが、特に女性としての悩みといえば、やはり子供が小さい時は家事や育児などの負担が生じます。その辺を上手くコントロールすることが大事になりますね。そういうことを相談できる場があるといいと思います。昔は残業できず、「すみません」と先に帰ることが多く、仕事する上で壁になっていました。一人で家事と仕事の両立するのは大変なので、夫にも家事を分担してもらいたいと思っていました。でも、最初は家事分担に対する意識にずれがありました。夫は頼まれたことをやればいいと思っていたようで、ケンカもよくしました。私が仕事しながら家事全般を考え、必要な時に夫にお願いするという形でやってきました。今では、娘も大きくなり、家事も夫に任せられるようになりました。
小林:育児との両立に関して、職場の理解はありましたか。
榧 :教育現場は女性の割合が高いので、育児に対しては理解がありました。ただ、保育園のお迎えで残業ができないのは大変でした。いつも時間ぎりぎりに学校を出てお迎えに行く毎日でした。今は育児をしている教員は、時間短縮で早く帰れるようになっていますね。一般企業の方はなかなか大変なようで、男性も育児休暇を取得できるような社会になってほしいですね。
―「女性の活躍」と言うと、一般的に職業キャリアに目を向けられがちですが、生活者の視点から生活を支える共通基盤である地域を形成する社会活動キャリアも重要です。消費生活や人権、子育てや介護といった社会問題に取り組む地域に密着した活動は、主に主婦層が活動の担い手として大きな役割を果たしています。
地域での取り組みについてお話しください。
那須:今、ろう協会の理事をやっていますが、去年から相談員も務めています。前任者が高齢のため、私が引き継きましたが、相談はまだまだ少ないです。聴者の場合は電話できますが、ろう者の場合は筆談も苦手ですし、直接会って手話で話す必要があります。2009年には葛飾区でデフママの会を立ち上げ、口コミで広がり、現在20人位います。様々な場面での手話通訳をどうするとかママの悩みを出し合う場を作りました。今も続いていて、小学・中学校の出前授業で手話を教えたりしています。
唯藤:私は、子どもが大きくなってからは、地元の世田谷区のろう協会の役員を始めて、今に至っています。最近は、介護の仕事で2〜3人位訪問をしています。訪問先にはろう者もいますし、聴者もいます。これからは東京都内でも、埼玉県で実施されているように訪問事業を始めたいなと夢を持っています。制度の問題もあってなかなか難しいですが、少しずつ進めているところです。