―次世代を生きるろう・難聴女子学生に伝えたいこと、学生の間に身につけてほしいことをお話し下さい。
岩田:今の若い人は、携帯電話を操作したり、パソコンを打ったりする時間が多いからか、直接人に会って会話をする機会が少ないように感じます。だから、伝える力や他人と対話をする力が弱いというか、コミュニケーションが苦手な人が多いのではないかと思います。もっとコミュニケーション力を身に着けてほしいと思いますね。
中野:現在、大学の中でも障害学生支援体制が整備されるようになってきています。昔は何もなかったから、自分で協力者を探したり、ノートテイク内容が足りない時は自分で技術を教えたりと大変でしたが、逆に、自分から動いて周囲を変えていくために努力するとか、必要な情報を取りに行くという基本的な力を身につけられました。今の大学生は、誰かが苦労して通訳者やノートテイカーを確保していることになかなか気づきにくい、自分が求めなくとも情報保障が提供されるようになってきているため、社会に出た後、自ら考えて周囲の環境をコントロールしていくことができない人が増えてきているのではないかと思います。
那須:ある聾学校高等部では、保護者を対象として大学に入った後の情報保障、通訳者を依頼する方法について勉強する講座を実施していると聞いたことがあります。その講座がないと、大学に入ってからやっと問題に気づくことが多いそうですね。
中野:一般学校で学んできた場合、大学に入って初めて情報保障を提供されても必要ないと言ってしまいます。それまでは自分のわかる範囲でいいと思ってきているから、自分のバリアに気づいていません。迷惑をかけるからいらないと言う学生もいるのです。ですから、自分から情報を取りにいくことは大事です。学生のうちから、自分のニーズを把握し、はっきり要求していく力を身につけていくことが必要なのではないかと思います。
―男性も女性も障害のある人もない人も「多様な立場の人と生きる社会」に向けて、ろう女性として仕事や地域活動など社会生活を送っていくにあたって、何が求められるでしょうか。
中野:女性の場合、卒業して就職する時に、結婚や子どもを産むということを含めて自分の人生プランを考えて、仕事をどうするか考えていく必要がありますよね。その辺は男性とは違います。本当に計画通りになるわけではないけど、現実社会では、仕事を男性並みに女性も頑張ろうと思っても、子どもを産むとか産休とか子育ての期間とかでどうしても男性と比べて差が出てくるというのが事実としてあるから、そういう時にどのような選択をとるのかすごく迷いますよね。それを踏まえて人生を考える必要がありますよね。
小林:女性だけで集まって討議するだけではなく、相手の理解を得るためにも男性を対象とした講座を開いて情報を提供したり、ろう女性の状況を知ってもらうために本を作成したりできるとよいですね。
話は変わりますが、最近「ドメスティックバイオレンス」も問題になっていますね。ろう女性も実際にドメスティックバイオレンス被害に遭っている例が多いという話を聞いたことがありますが、表面的な問題として取り上げられていないみたいですね。他にもうつ病など精神的な問題も前からあるようですが、あまり表面化されていませんよね。最近、少しずつこういった問題が見えてきているようになってきているように思います。
岩田:以前相談員をしていた時のことですが、「ドメスティックバイオレンス」という言葉ではなく、夫から言葉の暴力を受けるという相談はありました。「ドメスティックバイオレンス」という言葉がクローズアップされたから増えたように見えるだけで、実際には前からあったということが言えますね。
長野:根底に「男女はこうあるべき」という考え方があるという意味ですね。
岩田:言えることは、男性たちの母親たちが受け継いだ教育や歴史が基盤にあるのですから、そこがネックになっているのではないでしょうか。その歴史を理解した上で、今、私たちは何をすべきか考えた方がよいと思います。
小林:このような背景も踏まえて、教育や啓発活動など情報を発信していくことが必要ですよね。何らかの方法で知識を提供する、例えば教材を作る、あるいはインターネット上で情報を流すことで啓発していくことなども考えられますね。皆が見て理解できるようなリーフレットを作る方法もあるのかなとも思っています。
今回の座談会は、ろう女性をテーマにしましたが、ろう男性そして聴こえる女性や男性の方々も、もっと自らの悩みとかを分かち合える、ありのままに生きられる社会にしていくためにも、まず語り合いながら共感し合っていくことがすごく大切だと思いました。日本は2014年に国連障害者権利条約に批准しましたが、その中に「障害のある女性(第6条)」という条文があります。この条文では、条約を批准した国の政府は、障害のある女性が複合的な差別を受けていることを認識し、必要な措置を講じなければならないと書かれています。ゆえに、今後それぞれの障害のある女性が直面しやすいと言われている、教育、就労、家庭、医療、家族介護などにおける様々な課題解決に向けた取組みの発展に期待していきたいと思います。今回は、座談会を通して「今を生きるろう・難聴女性の本音を聞いてみよう。」というテーマで、岩田恵子さん、榧陽子さん、唯藤節子さん、中野聡子さん、那須善子さんにお話を伺いました。みなさんからお話を伺って、ろう女性が抱えている様々な課題も見えてきました。同時にろう者として女性として二重にも三重にもハンディを抱えながらも、その分精一杯今を2倍も3倍も生きている姿が印象的でした。みなさん、今日は本当にどうもありがとうございました。
今回の座談会は、ろう女性をテーマにしましたが、ろう男性そして聴こえる女性や男性の方々も、もっと自らの悩みとかを分かち合える、ありのままに生きられる社会にしていくためにも、まず語り合いながら共感し合っていくことがすごく大切だと思いました。日本は2014年に国連障害者権利条約に批准しましたが、その中に「障害のある女性(第6条)」という条文があります。この条文では、条約を批准した国の政府は、障害のある女性が複合的な差別を受けていることを認識し、必要な措置を講じなければならないと書かれています。ゆえに、今後それぞれの障害のある女性が直面しやすいと言われている、教育、就労、家庭、医療、家族介護などにおける様々な課題解決に向けた取組みの発展に期待していきたいと思います。 |
■「ろう女性による座談会」企画メンバープロフィール
小林 洋子(進行)
筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 助教
千葉県生まれ。日本での会社勤務や米国カリフォルニア州立大学大学院への留学および同校ろう者学(デフ・スタディズ)学科での講師・研究助手を経験。これらの経験を通して、「ろう者学」「ろう女性学」が学問として教育や研究およびろう・難聴者の生き方の発展につながっていることを知る。2012年に帰国、筑波大学大学院でヒューマン・ケア科学博士号を取得後に現職。現在はアカデミックにおける聴覚障害と女性学・ジェンダー論をはじめ、聴覚障害者の社会参加に関する様々な研究に携わっている。
管野 奈津美(アシスタント)
筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 技術補佐員
ろう者。幼稚部から高等部までろう学校に通う。筑波大学芸術専門学群卒業後、日本財団助成聴覚障害者留学事業の第3期奨学生としてギャローデット大学に留学。留学中、デフアートの存在を知り、ろう者としての芸術表現、また欧米におけるデフアートの歴史やろう者の芸術活動の動向等の研究に取り組む。帰国後、筑波大学大学院を経て、現職に至る。現在は、筑波技術大学にて「ろう者学教育コンテンツ開発プロジェクト(http://www.deafstudies.jp/)」に携わっている。
長野 留美子(アシスタント)
ろう・難聴女性グループ「Lifestyles of Deaf Women」代表
ろう学校幼稚部修了後、地域の学校にインテグレーション。大学入学後、「聴覚障害学生サポートセンター構想」の実現に向けて、全国聴覚障害学生の集い(1995 年)・日本特殊教 育学会(1996 年)等で発表するなど奔走。大学卒業後、米国ギャローデット大学留学や会社勤務等を経て、2006 年ろう・難聴女性グループ「Lifestyles of Deaf Women」を立上げ、日本における「ろう女性学」発信に向けて「ろう女性史」編さん事業を実施。現在、「ろう・ 難聴女性のキャリアと子育て」における課題解決に向けて女性のエンパワメント啓発に取り組んでいる。
撮影協力
湯浅友美子 筑波技術大学産業技術学部総合デザイン学科 学生
小谷 彩夏 筑波技術大学産業技術学部総合デザイン学科 学生
(左から、湯浅、小谷、長野、小林、管野)
(座談会実施日時:2015年10月6日)
平成27年度筑波技術大学学長のリーダーシップによる教育研究等