<障害者団体との関わり>
長野:ろう者にとってのライフキャリアの中には、地元のろう協会など、地域で自分が暮らすにあたってなんらかの団体との繋がりを持つことも大切なポイントになると思います。聴覚障害者団体の活動に参加することは通訳派遣の問題などにも関わるので大事な活動だと思うのですが、最近は若い人がろう協会に入らなくなってきていることが、全日本ろうあ連盟をはじめ全国の地域のろう協会でも課題になっていると聞きますね。
門脇:ろう協会と手話通訳派遣団体はつながりがあって、生活面での問題をろう協会に相談すれば、すぐに手話通訳派遣団体を通して行政に意見書を出せるということでしょうか。
長野:団体としては別ですが、ろう協会の中で意見や要望をまとめて行政に出すので、手話通訳者派遣団体も内容を把握しています。個人で交渉しても解決できないことも多いので、子育てや生活面で抱える課題は、ろう協会を通して行政に出した方が通りやすい面はあると思います。ほかにも、フリーランスや個人活動を通して活躍される方もいるので、様々な角度から社会へのアピールは必要だと思いますね。
平井:ろう協会の会員に入る若い人というのは、大抵デフスポーツ関係が多いと思いますね。全国ろうあ者体育大会に出るためには、ろう協会の会員になることが条件になっていますから。一時期、競技から離れて会員をやめようとした時、「君はろう者なら入るべきだ」と諭されたことがありました。当時の私は、ろう協会の歴史や活動などに関する知識がなかったので、競技に出ないのに高い会費を支払うのはおかしいと揉めたことがありました。この間、ろうあ連盟の歴史に関する映像を見る機会があり、先輩たちの苦労があって、今のろう者を取り巻く環境が昔より良くなったのだということを知りました。こういう内容を多くの若い人たちに知ってもらうためにも、若い人を対象とした説明会など啓発活動があってもよいのではと思いました。後、若い人たちはLINEのようなツールを使う人が多いので、こういうような情報をLINEとかSNSなり上手に使って啓発していく方法もあると思いますね。
ところで、ろうあ連盟の中には女性部がありますが、その活動内容を知らない人多いですね。
小林:そうですね。女性部の方々も、もっといろんな人特に若い年代のろう女性に活動に関わってもらいたいという思いは持っているようです。「女性部」という名称ですが、昔は「婦人部」でした。過程を持つ聴こえない母親を中心にろう女性としてそれぞれ直面する課題などについて話し合う場として、ろう女性たちが集まるようになり、あとの「婦人部」設立にを繋がったと聞いています。時代の流れとともに「女性部」に名称変更されましたが、家庭と仕事の両立をする女性が増え、女性としてのキャリアが重要視される時代となっていったことが大きく関係しているのではないかと思います。今後は、若い会員を増やしていけたらいいですよね。
さて、時間になりました。皆さんと話し合う中で、ろう女性として色々な問題があることを再確認することができたのではないかと思います。もちろん、男性も男性としての苦労がありますし、女性には女性特有の問題があります。昔は、女性は結婚したら仕事をやめるのが当たり前でしたが、近年は結婚した後も仕事を続ける女性が増えてきています。一方、仕事と家庭・育児の両立に困難を抱えるなど、新たな問題が起きているのが実情だと思います。その中でも、特にろう女性の場合はどうなのだろうかという課題については、まだ見えていない状況です。今回のような話し合いも含めて、今後もっといろんな人に知っていただけたらと思います。みなさん、今日はどうもありがとうございました。
ろう女性学プロジェクトメンバー
小林 洋子
筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター講師
千葉県出身。ろう者。幼稚部から高等部まで筑波大学附属聾学校(現筑波大学附属聴覚特別支援学校)に通う。日本での大学生活や会社勤務等を経て米国カリフォルニア州立大学ノースリッジ校大学院に留学、パブリックヘルスについて学ぶ。同時に、現地の高等教育機関における障害学生の修学や支援の実態についても学ぶ。卒業後、同大学の教育学部デフ・スタディーズ(ろう者学)学科にて講師・研究助手をしながら、ろう女性学をはじめ聴覚障害のある女性のキャリアやエンパワメント教育などにも興味を持つようになる。帰国後、筑波大学大学院でヒューマン・ケア科学博士号を取得後に現職。
長野 留美子
ろう・難聴女性グループ「Lifestyles of Deaf Women」代表
ろう学校幼稚部修了後、地域の学校にインテグレーション。大学入学後、「聴覚障害学生サポートセンター構想」の実現に向けて、全国聴覚障害学生の集い(1995 年)や日本特殊教育学会(1996 年)等で発表するなど奔走。大学卒業後、米国ギャローデット大学留学や会社勤務等を経て、2006 年ろう・難聴女性グループ「Lifestyles of Deaf Women」を立上げ、日本における「ろう女性学」発信に向けて「ろう女性史」編さん事業を実施。現在、「ろう・難聴女性のキャリアと子育て」における課題解決に向けて女性のエンパワメント啓発に取り組んでいる。
門脇 翠
筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター技術補佐員
ろう者。幼稚園から高校までインテグレーションする。東洋大学ライフデザイン学部卒業後、筑波大学大学院に進学し、体育学修士を取得。大学在学中のろう者との出会いをきっかけに、聴覚障害者のスポーツをテーマとした研究を始める。大学ではトレーナーに対して持つイメージについて、大学院ではスポーツとの関わりにおける意識変容過程について執筆。さらに、陸上競技に中学から12年間打ち込み、第22回夏季デフリンピック競技大会(ソフィア)陸上競技、第8回アジア太平洋ろう者競技大会陸上競技の代表選手を経験。現在は、筑波技術大学にて「ろう者学教育コンテンツ開発プロジェクト」に携わっている。
大杉 豊
筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター教授
ろう者。ろう学校幼稚部、小学部を経て、小学3年から一般校にインテグレーションする。大学在学時代の経験、ろうの成人との出会いを通して、ろう者本来の姿とは何かを自問自答しながら、文化的な視点に目覚めていく。手話言語の指導、ろう演劇活動を経た後、米国東部にあるロチェスター大学に留学、言語学博士号を取得する。帰国後は、全日本ろうあ連盟本部事務所長として日々朝早くから夜遅くまで聴覚障害者の諸権利擁護運動に奔走、2006年より本職。現在に至るまで、各授業を通して聴覚障害学生にエンパワメント指導を行う傍ら、学外におけるろう・難聴の学生、社会人へのエンパワメント啓発取組みにも参加している。
(座談会実施日時:2018年2月17日)
平成29年度(2017年度)筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター教育研究等推進経費事業「聴覚障害女性のキャリア形成支援コンテンツの啓発取組みの具体的検討」に基づく成果の一部です。