「キャリア形成の在り方について」今を生きるろう難聴女性の本音を聞いてみよう。Part2(4/6)

<キャリア形成の在り方について>

長野:私の両親は、昭和期の人数が最も多い『団塊世代』で、私はその子ども世代の『団塊ジュニア世代』です。1986年に男女雇用機会均等法が施行された時、私は中学生でしたが、自分も大人になったら普通に働くものだと思っていました。両親の世代以前は性別役割分業が当たり前でしたが、私たちの世代からは、そういう意識は変化してきたものの、実際は様々な壁が立ちはだかることが多かったように思います。今の若い方たちの世代では、多様性が尊重されるようになり、生き方も働き方も多くの選択肢が認められるようになっています。

これを踏まえて、ろう難聴女性の大学生や大学院生をはじめ、就労中のろう難聴女性を対象にキャリア形成研修をやるにあたって、どのような内容がよいか皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。研修の形は色々あると思いますが、例えば、一日研修をはじめ社会人を対象とした教養講座のような形もありますし、最近は、ICTを活用したオンライン講座というのも普及しています。パソコンを使って離れている場所からでも受講できるというスタイルですが、ろう難聴者にとっては使いやすいので、将来的には、ろう難聴者対象のオンライン講座も開発されると便利になると思います。

一般の聴こえる女子学生を対象としたキャリア形成研修の参考事例としては、独立行政法人国立女性研究センターがあり、毎年、女子学生対象の研修を開き、ロールモデル講演やキャリアアップに関する先輩の経験談、グループディスカッションなどやっているようです。最近では、放送大学でも字幕付きの映像を増やすなどの取り組みを始めたと聞いています。

また、女性が管理職になるためにはどのようなスキルが必要かという内容の研修など、女性のキャリアをテーマにした研修を実施している民間企業もあるので、そこから講師を招いて通訳をつけて聞く方法もあります。エンパワメントの観点から企画側も講師もろう者の方がいいのか、それとも、聴こえる講師からも幅広く知識を学びたいかも人によって違うと思います。ぜひ、皆さんのご意見をお聞かせください。

<ロールモデル・人生の先輩との出会い>

加藤:ろう女性の先輩の話を聞くことも貴重な機会になると思います。今の自分がいかに恵まれている境遇に置かれているかを知らない後輩がたくさんいるので、ろう女性の先輩たちの頑張りがあったお陰で今があるという感謝の気持ちを持てるようになるし、キャリアを築く上でモチベーションにもつながるのではないかと思います。

管野:なかなか私たちの手の届かないようなところで活躍されている方の経験談を聞いても、単にすごいとしか思えないですよね。一般に誰でも経験するようなこととか、自分も共感できるような身近な話から始めた方が入りやすいのではないかと思います。

駒崎:自分にとって身近な存在は、母親や友達、先輩になりますね。その人たちから、どうやって生きてきたかとか、結婚のタイミングや出産の悩みなど、どのように対応してきたのかといった経験談を話してもらった方が共感を得やすいように思います。

小林:確かにそれはありますね。学生時代を振り返って、大学生のうちにこういう内容を学びたかったということがあったらお聞かせください。

管野:個人的には、10年20年と長く働いている方の話が聞きたかったです。大学にいる間はなかなか社会で活躍している年上の方に会う機会がないので、キャリアアップの視点から見るとイメージしにくいところがあります。

小林:日本は海外と比べて30代〜40代になると、復職とか転職とかなにか新しいことをやろうと思っても中々難しいところがあると思いますね。大学にいる間に色々な情報を持っていれば、卒業した後に「もしあの時きちんと計画を立てていれば…。」というような後悔することも少なくなるのかなと思います。

長野:私にも経験があります。大学卒業後、ダスキンの事業に応募してアメリカに留学しましたが、期間は1年間限定でした。後に、日本財団が長期留学支援事業を始めて、海外の大学院に長期留学するろう者が増えました。ただ、育児中だと何かと制約が出てくるので、留学する場合は単身の方が動きやすいかもしれません。アメリカでは、子どもがいても働いていても、情報保障を受けながら大学院に通ってキャリアアップを図れる環境が日本よりは整っているようですが、日本ではキャリアアップしたくても情報保障面も含めて中々厳しいというのが現状です。

駒崎:大学時代、就職活動で色々な企業のパンフレットで社員の紹介ページを読んだことがありますが、ほとんどが聴者なので、ろう者である自分にはあまりキャリアイメージが描けず、その会社の雰囲気やイメージを知るだけでした。大学生の時は、10歳20歳上の同じ立場の先輩と出会う機会もないですし、なかなか繋がりも作れず、将来のキャリア形成に向けたイメージを描くことの難しさを痛感しました。そういう意味で、ろう者の大学生と社会人が気軽に交流できるような、ネットワークが充実している場所があればいいと思います。

もうひとつ、就職活動の時、一般の大学の場合就職支援課に行けば就職説明会やOBOG訪問等、多くの企画が用意されていますが、ろう者の視点を踏まえた企画とかはあまりないですよね。例えばろう者のOBOGの話とか聞いてみたかったです。

大杉:筑波技術大学の場合は卒業生が入った会社の人事部とつながっていて、OBOGを呼んで経験談を話してもらったり、OBOG訪問をしたりすることはあります。就職説明会の一環としているので、この機会に卒業生と会うこともあります。

小林:OBOGからお話を聞く中で将来のキャリアプランなどに幅広くきちんと学ぶことも大事だと思います。平井さん、会社で働いていた時期を振り返って、何か思うことはありますか。

平井:私はロシア留学するために10年勤務した会社を辞めました。正直に言うと、働いてきた中でキャリアアップの機会がなかったことも関係しています。自分の実力が足らなかったのかもしれませんが、社内での情報保障の整備が中々進まず、手話通訳者を依頼しても用意してもらえないことも多かったので、そういう状況の中で仕事をしても、その会社では自分の能力を十分に発揮できないのではないかと悩むようになりました。会社の人と情報保障について用意してほしいという話はしていて、理解を示していただいてはいたのですが、結局予算がないから難しいということの繰り返しでした。

他のろう者も同じような経験をしている人が多いと思います。そういうような情報を皆で共有してなんらかの形にしたものが今のところあるのかどうかわかりませんが、そういうのがあればいつどこでも様々な情報を共有できると思います。つまり、どのようにして見える化するかというのが、課題なのではないかと思います。情報保障面だけでなく、男性社会という会社の事情もあるように思います。会社によってそれぞれだと思うけれど、ろう者のキャリアアップが難しい理由はいろいろあると思いますので、その辺りを整理できればよいのかなと思っています。もし、学生の時に社会で働くろう者の実態などといった情報を把握できていれば、もっと早く会社と交渉してよりよい方向に持っていけたかなと思います。

小林:何かあった時、課題解決するための情報を共有できる場があればよいということですね。SNSやインターネットなどを使って情報を発信するなり、いつどこでも様々な情報を得られるような機会を提供するのもひとつの方法ですね。

平井:約10年間働いていましたが、初めの2、3年はハローワークの職員が1年に1回定期的に会社に来て、面談をしたことがありました。「仕事は大丈夫ですか。困ったことはありませんか。」という質問に対して、当時の私は何故か上手く答えられなかったのです。まだ2、3年目だったから正直どう説明すればよいのか分からなかった部分もありますが、仕事に慣れてきた頃にはハローワークの職員は来なくなりました。今思えば、働いて10年20年経つ頃も面談に来てもらった方が、自分の障害や職場での経験について客観的に話せるようになると思うので、ハローワークの職員にとっても貴重な情報を得られるのではないかと思っています。

小林:職場において同僚とのコミュニケーションや会議の場面における情報保障などといった問題もありますね。職場でのコミュニケーションや会議でのやりとりなどを通して情報共有するなり、人間関係を築くなり、最終的にはキャリアアップに繋がると思うんです。ろう者の場合はそれがなかなかうまくいかないことで、職場での人間関係がギクシャクしてしまったり、単調な仕事しか任せてもらえなくなったり、解決方法もみつけられないまま辞めてしまう人もいるんですよね。そういうような悩みを吐露したり、解決方法について話し合う場を作ってあげることも大切だと思います。あと、学生のうちに「自分の障害とは。職場において必要な配慮や情報保障とは。」というようなことを相手にうまく説明できる力を身につけておくと、会社に入った後もスムーズにいくのではないかと思っています。

長野:今、私が活動している女性グループの中で、最近話題になったことがあります。スタッフの中に、育児をしながら長く企業に勤めている人が何人かいますが、会社の中でやっとUDトークの使用が認められたとのこと。職場でのUDトーク使用を実現するまでに2年かかったそうです。直属の上司に相談してそれが上に上がり、上から指示が出てようやく実現したということでしたが、それを聞いた他の人も、自分も会社でやってみようという話になっていました。こういうことは内輪だけでなく、テレビやメディアで取り上げてもらうといったように広く発信していかないと、職場環境というのは変わらないと思うんですよね。

<福利厚生について>

加藤:育児しながら働く人が増えていますが、育児と仕事を両立するにはかなりの決断が必要なのではないかと思います。今、待機児童問題がメディア等でも話題になっていますが、この問題が解消しない限り、子どもをなかなか預けられないですし、万一預けられないとなると仕事復帰も難しくなりますよね。

管野:保育園入園にあたっては、自治体によって対応が異なるようですが、勤務状況に加えてひとり親、障害者や経済的困難などの該当項目があるとポイントが加算されるところが多いそうです。夫婦共にろう者の場合は、夫婦で障害者というポイントが加算されるので大体入園できることが多いと聞いています。

中原:福祉手当や税金に関する情報も知りたいです。例えば、夫が正規職員で自分はパート勤務の場合、収入の壁がありますよね。実際に働き始めてから知ることも多いと思うのですが、専門用語が理解しづらいと思いますし、計画性のある生活や働き方、お金を貯める方法とかのようなテーマについて経験者の話や専門家のアドバイスをもらいながら勉強できる機会が欲しいです。

小林:こういった講座はあちこちでやっていますが、聴こえる講師が担当することがほとんどですよね。そうなると、情報保障をつけてもらえるように依頼することになりますが、自治体や主催側によっては通訳派遣が難しい、もしくは情報保障者の技術が求められるレベルに達していないとなると、得られる情報量が少なくなってしまうといった問題もありますよね。

長野:私が主宰する団体では、時々自主勉強会を開いています。以前、マネープランに関する勉強会を開いて、保険会社の聴者のファイナンシャルプランナーの方をお招きして話を聞いたことがあります。こういう内容は、子どもの教育や老後の生活が視野に入ってくる40代から50代の女性が特に関心を持つ傾向にありますが、同じ立場同士で集まって悩みや課題を共有しながら講師からも助言をいただくことができて、よい学びの場になりました。自分でライフプランを形成していく力を身に付けることは大切だと思いました。


>続きを見る「多様な働き方」