手話通訳者基本課程カリキュラム受講者
一斉授業形式(1時間)
・手話通訳者の今の地位がどのように築かれてきたのかを知る。
・手話通訳者が以前から大切にしてきた考え方を改めて知る。
特になし
過 程 |
学習活動 | 指導・支援内容 (留意事項及び配慮事項) |
評価の観点 |
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導 入 10 分 |
・手話通訳者はどのような理念のもとで作られた制度なのかを想像する。 | ・対象者から手話通訳者の理念について想像させ、発表を促す。 ・たくさんの意見を出すためにどの意見も否定せずに進めていく。 ・成人されている方が多く、積極的な意見発表が無いと想像される場合には、全員が発表する方法を事前に提案することも頭に入れておく。 |
特になし |
展 開 30 分 |
・手話通訳が現在の状態になった歴史的事実の理解をする。 | ・理念とは別に手話通訳者の仕組みができるまでの事実を説明する。 ・1970年手話奉仕員養成事業開始 ・1973年手話通訳設置事業開始 ・1976年手話奉仕員派遣事業開始 手話通訳者認定制度開始 ・1998年手話通訳者養成事業開始 手話通訳士制度開始 |
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・手話通訳が現在の状態になるまでの運動の基本理念の理解をする。 | 手話通訳という業務がどのような理念の下で今の状況なのかを説明する。 以下内容 ・ろう運動がいつ始まったのかを特定することは難しいが、全日本ろうあ連盟の前身である日本ろうあ協会が1925年に発足していることから、戦前からろう運動の予兆はあった。しかし、成果をあげることはできず、ろう者も通訳者も社会的要求を受け入れてもらえなかった。当時はろう学校教師を中心に社会活動家が自己犠牲的に通訳活動を行っていた。 ・戦後1947年に全日本ろうあ連盟が再建され、ここからろう運動が活発化していく。 ・1963年に手話サークル「みみずく」が京都に初めて設立され、ここから各地に手話サークルが作られていった。 ・1968年に全国手話通訳者会議という場がもたれ、そこで手話通訳の基本理念が示されたといえる。 「多くの市民的権利を与えられていないろう者の生活を守りその権利の側に立つことが、手話通訳の基本的使命でなくてはならない」 ・その後ろう運動とともに通訳保障についても主張していった結果、公的な事業として ・1970年手話奉仕員養成事業開始 ・1973年手話通訳設置事業開始 ・1976年手話奉仕員派遣事業開始 が達成された。 歴史的内容は以上 以下のことをまとめとして伝える。 (高田・安藤論文) ・つまり手話通訳の現在の地位はろう者の運動によって獲得されたものであることを理解する必要があること。 ・「ろう者の権利を守る手話通訳は、1つの理念である。この理念を一面的に単純化して、ろう者の保護者として手話通訳を理解することがあれば、それは誤りである。それは、ろう者の社会的自立、いいかえると、社会的行動の自由の獲得のための協力者であり援助者であるとすることが正しい。」 |
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・自分が手話通訳を行うときに、技術ではなく振る舞いとして大切にしたい考えをまとめる。 | ・具体的な場面として、「病院で通訳そのものはできているが、ろう者が病気のことについて質問したいことがあるような表情をしている」という状況を提示する。 →考えられる回答 ・通訳者がろう者に質問をしてそれを医師に伝える。 ・通訳者がろう者に質問するよう促す。 ・ろう者からの発信がなければ通訳者のすることは無いと割り切る。 ・技術はこれから身に付くものとして考え、振る舞いのみを考えるよう促す。 |
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ま と め 20 分 |
・発表し合い、ほかの方々の考えを聞いて自分の考えを深める。 | ・全員が発表できる機会を設けるよう時間を調整する。 ・他の方の考え方に対して感想や意見があれば発表するよう促す。感想や意見を述べる際の観点として、・ろう者の権利を守る行動か・保護者のようになっていないかの2つを提示する。 |
・高田英一・安藤豊喜(1979)日本における 手話通訳の歴史と理念.日本聴力障害新聞
http://home.att.ne.jp/theta/setatsumuri/ando-takada-ronbun.htm
作成:江原 汐音(2021年)
編集:ろう者学教育コンテンツ開発取組担当